2014/01/21

記事:地球ING・進行形の現場から:第1回 韓国の外国人観光客誘致

http://mainichi.jp/shimen/news/20140121ddm004070004000c.html

地球ING・進行形の現場から:第1回 韓国の外国人観光客誘致

毎日新聞 2014年01月21日 東京朝刊
済州市内の免税店には韓国製炊飯器が山積みされ、多くの中国人観光客が購入していた=済州市内で
済州市内の免税店には韓国製炊飯器が山積みされ、多くの中国人観光客が購入していた=済州市内で
中国人観光客に道を教える「動く観光案内所」の朴敏珍さん(左)=ソウル・明洞で12日
中国人観光客に道を教える「動く観光案内所」の朴敏珍さん(左)=ソウル・明洞で12日

 ◇多彩な「韓流おもてなし」で昨年初の1200万人超え。主役の中国人には複雑な視線。

 「南の島」というイメージだった韓国南部・済州島の空港に降りると細かい雪が舞っていた。タクシーに乗ると、運転手が「ソウルはもっと寒いでしょ」と声をかけてきた。金宗憲(キムジョンホン)さん(64)。7年前に済州道庁を定年退職し、タクシー運転手を始めたという。
 「中国人客が多いらしいですね」と声を掛けてみた。済州島は2008年に中国人が査証(ビザ)なしで観光できるようになって以降、猛烈な勢いで中国人観光客が増えている。08年に17万人強だったが、昨年は181万人となった。
 韓国は近年、中国人を中心とした外国人観光客の誘致実績を急速に伸ばしている。昨年は、外国人入国者が初めて1200万人を超える勢いを見せた。それを象徴する場が済州島だ。
 「中国人は団体が多いから、タクシーを使ってくれるのは夕食後に買い物に出たりする時かな」と穏やかに答えた金さんだが、市街地に差し掛かってくると口調が変わってきた。
 「このホテルも中国に買われて、1階の外壁が金色になったんだ。中国人は金色が好きなんだろ」
 急激な中国人観光客の増加に伴い、中国資本の進出も目立つ。そのことで、地元住民からは感情的な反発も起きているという。
 済州道庁観光政策課の金泰完(キムテワン)氏は「上海から済州島までは飛行機で1時間強。航空路線も毎日6便あって、もう1日生活圏だ」と話す。済州空港には週171便の国際線が就航しているが、このうち140便が中国各地と結ぶ路線。残りは、日本が21便、台湾が10便となっている。
 済州島にとって大ニュースは昨年10月に中国が施行した「旅遊法」だった。強制的に土産物店へ連れて行くツアーなどを禁止する内容で、店からのマージンをあてにした低価格ツアーが多かった済州島旅行には打撃になると思われたからだ。
 だが、実際には9月までの前年比8割増といった勢いが鈍ったものの、同1〜2割増に落ち着いた程度。金泰完氏は「中国人は団体客が7割だったので、個人客を増やしていきたい」と話す。韓国では中国で発行された国際免許で韓国での運転をできるようにするための法改正が進められている。「個人旅行客がレンタカーを借りられるようになる」と金氏は期待を寄せた。
 韓国は朴正熙(パクチョンヒ)政権下の1960年代、外貨収入を得るための国策として外国人観光客の誘致を始めた。経済成長を果たした近年はむしろ、「韓国の国際イメージ向上」につながることに力点が置かれる傾向がある。韓国にはもともと「日本でも、中国でもない、韓国という国がここにあることを世界に知ってもらいたいという気持ちが強かった」(韓国外務省幹部)ことが背景にあると言えそうだ。
 そして、中国や東南アジアで韓国ドラマが大ヒットして韓流が本格化した90年代末ごろから、外国人観光客が急速に増え始めた。韓国は、「韓流おもてなし」とも呼べそうなサービスを次々と繰り出して観光客に好印象を与えようと努力してきた。
 ソウル都心の繁華街で日本人観光客も多い明洞(ミョンドン)を歩くと、そうしたサービスの代表例にぶつかった。「動く観光案内所」と名付けられた外国語を話せる観光案内員だ。背中に白い字で「観光案内」と書かれた真っ赤なコートが目印だ。
 その一人、朴敏珍(パクミンジン)さん(27)は「日本語ができます」というバッジを付けているが、中国語で道を聞いている人もいるし、英語でも応対する。「中国語の案内を求められることが一番多いので勉強した。英語は簡単な会話だけ。難しくなったら、事務所に電話して助けてもらう」と、恥ずかしそうに笑顔を見せた。
 「観光客を待つのではなく、案内所が観光客の所に行こう」というコンセプトで09年に始まったサービスだ。現在は、日英中3言語を中心にした97人のソウル市観光協会職員が市内11カ所の観光地を回っている。週1回だけ手伝う市民ボランティアもおり、今年は500人が参加するという。昨年1年間の案内件数は、約232万件に上る。
 02年のサッカー・ワールドカップ(W杯)を契機に始まった電話通訳サービスもある。元外交官や主婦などさまざまな職業の人たち約4400人が19言語のボランティアとして登録。空港や警察、観光地でボランティアの携帯電話とつなげて通訳をする。昨年末には、金泳三(キムヨンサム)元大統領の英語通訳を務めた朴振(パクチン)前セヌリ党国会議員が通訳ボランティアを始め、話題となった。
 この他にも、外国語を話せるベレー帽の観光警察官が観光地で「ぼったくり行為」に目を光らせ、飲食店などで不当料金を請求されたら商店会が組織する「名誉保安官」が調べて返金してくれる。さらに、タクシー専用の無料電話通訳も−−。「韓流おもてなし」は、なかなか多彩なのである。
 済州島に話を戻そう。日本人と中国人の観光客数が09年に逆転した済州島は韓国全体の流れの一歩先を行くのだが、中国人観光客を歓迎する観光業界の胸中も実際には複雑だ。
 済州道観光協会の関係者は「中国人客に頼り過ぎることへの懸念はある。中国は政治的理由で急に旅行制限をしたりするかもしれないから」と打ち明ける。協会として東南アジアやロシアからの集客にも力を入れており、今年は中東への売り込みを始めるという。済州道庁も、中国への一極依存はリスクが高いとの問題意識を共有しており、今年上半期に東南アジア初の広報拠点をマレーシア・クアラルンプールに開設する。
 中国人観光客のマナーが悪いという苦情も悩みの種だ。当局はゴミのポイ捨てはしないでなどと呼びかける啓発活動を行い、中国人観光客の多い繁華街は警察の巡回を強化している。
 観光客の急増は、多くの課題を生む。道庁の金泰完氏は「済州島の域内総生産の半分を占める観光関連産業はそれだけ重要なので、少し我慢してと道民にもお願いしている。中国人客がこれだけ急に増えれば摩擦も起きる。でも、いつかは解消されるはずだ」と話す。【澤田克己】
 急速にグローバル化が進む世界では、各国に共通する課題も多い。地球の一角でその克服、新たな挑戦に取り組む姿を紹介する。
==============

 ◇昨年の訪韓外国人1220万人

 韓国観光公社によると、昨年の訪韓外国人数(航空機乗務員などを含む)は前年比9.3%増の約1218万人。内訳は、中国約433万人(全体の35.5%)、日本約275万人(同22.6%)、米国約72万人(同5.9%)など。前年比52.5%(149万人)増の中国が同21.9%(77万人)減の日本を抜いて初めて1位になった。
 日本人入国者は、円高だった2009〜12年に年間300万人を超えたが、それ以前は多くても240万人台。昨年は、08年以前よりは多いことになる。ただ、1990年代以降の訪韓外国人数増加を受け、全体に占める日本人の割合は低下し続けている。00年代に入って40%を割り始め、昨年は初の20%台となった。
 日本の法務省によると、昨年の訪日外国人は前年比22.7%増の約1125万人。日本政府観光局の統計は乗務員らを除くため法務省より少なめとなり、同24%増の約1036万人だった。日本政府は20年に2000万人を達成する目標を掲げている。
==============
 ■取材後記
 「率直に言って、観光資源はありません。だから、買い物やエステを楽しむ観光商品を開発し、販促活動をするんです」
 韓国観光公社の担当者から聞いた言葉が、最も印象的だった。
 歴史的建造物が多いわけでもなく、黙っていては誰も来てくれない。そんな危機感に加え、韓国をもっと世界に知ってもらいたいと願うから、必死になってサービスを考え、観光商品を企画する。日本政府観光局ソウル事務所の鄭然凡所長は「真っ白なキャンバスに韓国の魅力を描いている」と評したが、まさにその通りだ。
 日本はどうか。北海道から沖縄まで多様な自然と豊かな地方文化を持ち、戦火を免れた京都という古都まである。韓国に比べて恵まれていることは一目瞭然だ。
 中国人観光客を抜いて考えても、韓国の伸びは大きい。外国人観光客の誘致では、韓国に学ぶべき点が多いようだ。
==============

0 件のコメント:

コメントを投稿