■特派員リポート 真鍋弘樹(ニューヨーク支局長)
 ラーメンと定食という日本の「大衆食」チェーン店が、ニューヨーカーにウケている。ときに数時間待ちの行列ができるほどで、在米日本人もびっくりの人気沸騰ぶりだ。その評判の秘密はどこにあるのか、店に一歩入ってみると……。
 豚骨ラーメンのチェーンとして有名な一風堂は2008年3月、ニューヨーク市内に1号店を開いた。開店直後から店には行列ができ、ディナータイムには2時間待ちということも。NYのラーメンブームに火をつけた店のひとつだ。
 その成功を受けて今年7月に開店した2号店で、客に話を聞いてみた。
 午後5時前、開店待ちの行列の先頭にいたサム・ガスナーさん(26)は、連れと熱心にラーメン談議をしていた。
 「昨日も来たけど、今日は友達を連れてきた。2号店に来るのは4回目だけど、1号店には数えきれないほど行ったよ。ニューヨーク中でラーメンを食べ歩いたけど、ここは最も好きな店のひとつ。日本には行ったことないんだけどね」
 豚骨ラーメンが、口に合うんですか?
 「ミルキーでリッチなフレーバーで、まるで絹のようだ。食べ終わると、なぜか気持ちが和むんだよ。4年前に初めて食べたんだけど、今では家でも自分で作って毎日食べてる」
 ラーメン中毒である。
 ニューヨーク・タイムズ紙は、同店を何度も記事に取り上げている。「ラーメンがゆっくりと姿を現すと、あなたは魔法のとりことなる」「一風堂のような最高のラーメンを前に、誰が会話など必要だろう」
 べた褒めである。いったい何が、ここまで米国人を引きつけるのか。
 では、店に入ってみよう。日本からの旅行者はおそらく、ちょっとした衝撃を受けるだろう。
 店内が豪華なのだ。入り口を入ってすぐにあるのは、お酒が並んだバーカウンター。ニューヨークの高級レストランでは入店待ちの客にドリンクを供する必須の設備だが、まさかラーメン屋にあるとは。
 同紙による店内の描写はこうだ。「舞台セットのような設計がされた美しい店内で、これは悪のショーグンとサムライが戦う未来のびっくり屋敷かもしれない」
 よく分からない。
 が、つまりは米国人がそう感じるような、和モダンの意匠を凝らした店内なのだ。
 そしてメニューを開くと、再び軽いショックが襲う。代表的なラーメンが14~15ドルからで、チャーシュー系などは17ドル。1ドル100円とすると、チップ込みでラーメン1杯が2千円を超すこともある。
 うーむ。
 一風堂を展開する「力の源カンパニー」社長の河原成美さんがちょうどNYに出張中だったので、聞いてみた。
 高くないですか?
 「そんなことを言わずに、日本人なら応援して欲しいね。目に見えるラーメンの値段には、目に見えないコストが入っているんですよ」
 日本から製麺機を取り寄せ、スープの味を忠実に再現するために日本からスタッフを呼び寄せている。賃料や税金も高いうえ、この通りの高級な内装。投下資本は数億円だという。
 「安くしたら、こんな店はできませんよ。チープだったら、NYではメディアやインテリ層には評価されない。ラーメン屋といえば大衆店という印象を変えたい思いでやってきた」
 高級志向は、いわば「確信犯」だった。
 それが的中し、いまや消費者や評論家の評価も極めて高い。ミシュランガイドには08年から毎年掲載され、ザガットNYではヌードル部門で11年1位、12年2位、飲食店紹介サイトのYelpでは10年に人気レストラン全米トップを勝ち取っている。
 そしてラーメンの次は定食屋が注目を浴びている。
 日本では時々お世話になっていた定食チェーン、大戸屋のニューヨーク1号店がオープンしたのは12年4月。2号店は、今年の8月に営業を始めた。
 店に入ると、やはりバーカウンターがある。天井の高い店内には大きな日本画が掲げられ、オープンキッチンに木のカウンター。おしゃれな雰囲気だ。
 そして値段は、といえば、一番人気というシマホッケ定食が昼食で19ドル。
 うっ、やはり。
 これは、一風堂を参考にしたんでしょうか?
 やはりNYに滞在していた大戸屋ホールディングスの取締役海外事業本部長、高田知典さんに、失礼にもそう聞いた。
 「いや、独自に考えて、同じ結論になりました。NYの人たちは日本食に付加価値を求めている。非日常を期待して来店する人にとって、どんなスタイルがいいかと考えた」
 見た目でも楽しんでもらうことを考え、木のお盆に漆塗りのおわんを使う。カジュアルな日本の店とは、まったく別ものである。
 こちらでも、客に感想を聞いてみた。昼食を終えて店から出てきたテッド・ウェールズさん(69)は「NYによくあるすしレストランとも違って、とてもいいね。リーズナブルだし」。
 リーズナブルですか?
 「NYでサンドイッチと飲み物を買ったら、10ドル以上はするだろう。それに5ドル足したら、ここの値段とそう変わらないよ。サービスもよくて、店員はとても礼儀正しいしね」
 大戸屋でも、ランチタイムには行列ができる。同社ではNYにさらに店を増やすことを計画しており、15年までに5店舗、20年までに10店舗を目指すという。
 日本の「ソウルフード」とも言えるラーメンや定食。大衆食から、ちょっと豪華なごちそうへ、イメージチェンジに成功した店がニューヨーカーの支持を得ているというわけだ。
 一方で、日本と変わらないものもある。
 味である。一風堂も大戸屋も、米国人向けにアレンジすることなく、日本と同じ味を提供している。「食材の魚はすべて日本と同じものを使っている。栄養バランスのいい定食をもっと広めて、ラーメンのようにテイショクという言葉を米国に定着させたい」と大戸屋の高田さんは言う。
 NYで日本食は市民権を得ており、地元スーパーでも「スシ」が普通に売られている。ただし、巻きずしはノリが内側に巻かれていることが多く、健康 志向からか玄米でにぎったスシも普通だ。スシ以外では、甘いしょうゆ味の「テリヤキ」ソースをかけた肉や魚が「和食」の代表格ということになっている。
 その点、米国人の舌にこびることなく、日本人が日常食べているのと同じ味を広めている功績は、とても大きいと思う。毎日、昼食に通うには、少々悩ましい値段だとしても。
 それにしても、なぜ、日本のチェーン店は、ニューヨークに挑むのか。
 この問いへの答えは、飛ぶ鳥を落とす勢いの「俺の」チェーンのNY進出を計画している「俺の株式会社」社長、坂本孝さんが、当地のジャパン・ソサエティーで講演した際に語ってくれた。
 「世界中のすべての要素がそろっている都市だからでしょう。世界のアタマを取るにはNYです」
 ニューヨーカーにとって、和食は特別な食べ物である。その一方で、日本人にとってニューヨークはやはり、ちょっと特別な存在のようだ。
     ◇
 真鍋弘樹(まなべ・ひろき) ニューヨーク支局長。1990年入社。岐阜支局、名古屋、東京の両社会部、那覇支局、論説委員などを経て、2012年4月から現職。47歳。