イスラム教徒が多い国々の経済成長を背景に、イスラム教の戒律に沿った商品やサービスが次々と生まれている。戒律を重んじるイスラム金融も人気で、世界中から資金が集まる。急拡大するイスラム経済の拠点を目指す各国の動きも活発になっている。
 アラブ首長国連邦(UAE)の商都ドバイの空港そばにあるホテル、ジョーハラ・ガーデンズ。女性スタッフは全員、アバヤと呼ばれる黒い衣装で全身を包む。年間平均入室率は9割。その人気の理由は、「シャリア(イスラム法)に沿ったおもてなし」だ。
 戒律で禁じられた豚肉や酒類を扱わないのはもちろん、食用油やバター、シャンプーまで、「ハラール」(戒律で許されたとの意)の素材を使う。客室の天井には礼拝を捧げる聖地メッカの方角を示すシール。朝一番の礼拝に合わせたモーニングコールもする。
 「ハラールはライフスタイルそのもの。食品だけではないのです」とハニ・ラシン統括マネジャー(43)。プールは男女別で、女性の利用時は監視カメラのレンズも覆う。未婚のカップルの宿泊は認めず、テレビは露出が多い女性が登場する米MTVを映さない。細やかな配慮が評価され、旅行業のハラール度を格付けするシンガポールのクレセント・レーティング社から、世界で初めて最上位の七つ星を与えられた。
 クウェートから家族7人で訪れた元政府職員ラフィ・アラズミさん(43)は「家族と一緒でも安心できる」と話す。アラブ系の宿泊客は富裕な家族連れが多く、ロシアや中国の団体客より単価が75%も高い。酒類を売らなくても、十分な利益を出せるという。
 ドバイで1月にあった医療分野の国際見本市マレーシア企業ナシュミール・カプセルが出展したのは「ハラール」の薬用カプセルだ。豚由来のゼラチンは使わず、原料の牛も戒律に沿って食肉処理する。フサイニ・ザイニ事業課長(42)は「ハラールの公的認証を武器に中東市場に売り込んでいく」と意気込む。
 戒律で禁じられた利子をとらない仕組みで集めた資金を、戒律に沿って運用するイスラム金融も人気だ。
 利子の代わりにリースなどで得た収益を配当するイスラム債「スクーク」は一般投資家にも好まれ、発行額と需要が急上昇。トムソン・ロイターによると、12年の発行残高約2千億ドル(20兆円)に対し、買い手の需要は倍に達した。「債券の発行が需要に追いつかない」。ドバイの投資銀行エミレーツNBDキャピタルでスクークを手がける嶋津遼介アソシエイト(30)は話す。ニューヨーク大アブダビ校のテッド・チュー教授(経済学)は「投機を禁じ、酒やポルノへの投資を避けるなど倫理的でもあるイスラム金融を選ぶ傾向が一段と強まっている」と分析する。
 ■成長市場に世界から投資
 ハラールブームの背景には、16億人とも言われる巨大なイスラム圏の市場の存在がある。平均年齢が20代半ばと若く、人口増加のペースも速い。トムソン・ロイターによると、世界のイスラム教徒の支出は2012年で1兆6200億ドル(約165兆円)。18年までに5割近く伸びる見通しだ。企業がこの成長市場に食い込むには、ハラール化による差別化が不可欠というわけだ。
 一方で、膨張しながら投資先を求めるイスラムマネーを取り込もうと、英金融情報会社FTSEなどは、戒律に沿った銘柄を選んだ株価指数を開発。欧米や日本の株式市場でも、イスラムの視点で銘柄を吟味する動きが強まっている。
 拡大するイスラム経済圏のハブ(中心)となることを目指す各国の争いも熱を帯びる。先行するマレーシアは、1980年代から制度整備を進め、スクーク発行額では世界の6割を占める。
 これに対し、中東経済の拠点、ドバイ首長国のムハンマド首長は昨年2月、「イスラム経済の『首都』を目指す」と追撃を宣言。サウジアラビアやインドネシア、トルコといった地域大国も制度整備を急ぐ。
 域外でも動きは活発だ。
 「ロンドンをドバイやクアラルンプールと並ぶイスラム金融の首都の一つにしたい」。キャメロン英首相は昨年10月、ハブ争いへの参画を宣言。ルクセンブルクやアイルランドも準備を整え、イスラムマネーの獲得を目指す。
 (ドバイ=村山祐介