イスラム教徒向けのビジネスが熱を帯びている。東南アジアを中心に日本を訪れる観光客らが増えるなか、イスラム食を出すレストランやホテルが増加。海外にイスラム食を輸出する業者も出始めている。
 宇都宮市で2日、マレーシア人留学生らと日本人の約30人が交流バーベキューパーティーを開いた。イスラム教の戒律に従い、豚肉やアルコールは使わず、牛肉も手順に沿って処理された。主催したのは、イスラム教徒向けの食品などの普及をめざす「ハラル・ジャパン協会」(東京都)。留学生のリダ・モハマドさん(32)は「日本では食べられないものが多い」と話すが、この日は安心して参加した。
 同協会によると、イスラム教徒への「ハラール食品」を用意する飲食店が都心を中心に増えている。東京・池袋の「ハラル・デリ」は4月、観光客やビジネスマン向けにハラール弁当の宅配を始めた。来日したエジプトのサッカーチームからも注文があり、担当者は「広く届けたい」と話す。
 背景には、東南アジアのイスラム教徒が多い国からの訪日の増加がある。日本政府観光局の1~6月の推計では、インドネシアから前年同期より5割増の6万5200人、マレーシアから16・5%増の7万人強が訪れた。協会は、2020年の観光客のハラール需要が11年の4・5倍の1200億円に膨らむとみる。
 イスラム食の「認証」も広がる。コンサルタント会社「マレーシアハラルコーポレーション」(東京)は、マレーシア政府外郭団体からハラールの正確な知識を持つ「監査人」資格を取得。11年から国内の現状に合わせ、飲食店を認証している。
 加森観光札幌市)は昨秋、系列5ホテルのレストランで認証を受けた。その一つ、ルスツリゾート(北海道)には昨年末、マレーシアの建設会社員と家族ら約250人が4連泊した。「問い合わせはインドネシアやマレーシア、アラブ各国からある」という。
 ■「魚で餃子」輸出に活路
 佐賀県唐津市の干物業「吉村商店」は、ギョーザをシンガポールなどに輸出する。具材はイスラム教では禁忌の豚肉ではなく、アジのすり身。ハラール認定を得た「鰺餡餃子(アジアンギョーザ)」だ。
 干物だけでは先細りになりかねず、新たなビジネスを求めてハラールに行き着いた。米国のピュー・リサーチ・センターによると、イスラム教徒は世界に16億人。ハラール市場は食だけで60兆円規模とされる。吉村司社長(47)は「売上高は年数百万円だが、3~4年後に10倍にしたい」。
 現地生産も加速する。インドネシアに69年に進出した味の素は昨年、風味調味料「マサコ」の工場を新設。鳥や牛の風味を楽しむスープ用などの調味料だ。
 キユーピーは09年にマレーシアに進出し、マヨネーズ工場のハラール認定を得た。インドネシアにも現地法人を今年設け、10億円かけてマヨネーズやドレッシングの工場を建設中だ。
 ■農水省も補助金、予算要求60億円
 観光庁は3月、マレーシアで開かれた国際旅行博で、イスラム教徒が利用できる東京や大阪の飲食店ガイドを旅行業者に配布。観光庁国際交流推進課は「新たな客層を開拓したい」。
 農林水産省は8月に策定した農林水産物や食品の「国別・品目別輸出戦略」で、重点地域にインドネシアやマレーシア、中東などイスラム圏を挙げた。例えば牛肉では、イスラム圏などに売り込み、2020年までに輸出額を5倍の250億円にする計画だ。
 14年度予算の概算要求では「強い農業づくり交付金」(334億円)に60億円の「ハラール優先枠」を初めて盛り込んだ。ハラール対応の施設整備費のほぼ半額を補助する。農水省は「14年度は70件程度の申請を見込んでいる」という。
 (平井恵美、古谷祐伸、鈴木逸弘)
 <ハラール> アラビア語で「許された」などの意味を持ち、イスラム法で合法とされるもの。イスラム教徒は戒律で、豚肉やアルコールの飲食だけでなく、豚肉やアルコール成分が入った調味料を使った料理も避けなければならない。また、豚以外の食肉は処理方法が定められている。こうした戒律に沿った食べ物や化粧品などを「ハラール」と呼ぶ。